すなみ ひでお
角南 英夫

生い立ち / Personal History
■生誕地:
■幼稚園:
■小学校:
■中学校:
■高校:
■大学:

■職籍:
1969-1998:
1998-2007:
1997-2009:
2003-2009:
2009.3:
昭和18年7月 香川県香川郡香西町(現在の高松市中山町)
千葉県西千葉 → 東京都新宿区
新宿区立東戸山小学校 → 西多摩郡国立町立第三小学校
新宿区四谷第二中学校
都立新宿高等学校
東北大学工学部→同校工学研究科電子工学専攻


日立製作所中央研究所(うち3年間、半導体事業部)
広島大学ナノデバイス・システム研究センター、教授
広島大学半導体・バイオ融合集積化技術の構築プロジェクト、特任教授
次世代半導体材料技術研究組合、技術顧問
広島大学退職

■Birthplace:
■Kindergarden:
■Elementary Schools:
■Junior High School:
■High School:
■University:

■Jobs:
1969-1998:
1998-2007:
1997-2009:
2003-2009:
2009.3:
Takamatsu, Kagawa, Japan in July 1943
Chiba and Shinjuku
Higashi-toyama, Shinjuku and Kunitachi the 3rd, Kunitachi
Yotsuya, Shinjuku
Shinjuku, Tokyo
BS & MS in Electronic Engineering at Tohoku University, Sendai

 
Hitachi, Ltd., Central Research Laboratory (3 years in Semiconductor Division)
Professor, Hiroshima University, Research Center for Nanodevices and Systems
Professor, Hiroshima University, Research Institute for Nanodevices and Bio Systems
Advisor, Consortium for Advanced Semiconductor Materials and Related Technologies
retired.
スタンフォード留学 / Study at Stanford Electronics Laboratories, Stanford University

■きっかけ<1972年>
 1969年に日立の中央研究所に入所してから、集積回路の多層配線絶縁膜の評価を担当した。これで研修報告を行った後、当時話題となり始めた電荷結合素子CCD(charge coupled device)を担当した。試作して初めて動作したときには感激したが、また同時に大きな課題も見つかった。そんなとき、1972年に留学試験を受けないかと指示された。日立全社で毎年10数人が留学している。候補生として選ばれた後は、英会話の試験だけである。TOEFL(test of English for foreign language)と同時に、外国人の面接官による会話試験が行われる。
 候補生の中には専門の個人家庭教師を雇って勉強するものも多い。元来ケチである私は勉強のために金を払うなんて潔しとせず、もっぱら米国の海外放送FEN(far east network)を聞いただけで試験を受けた。ぎりぎりであるらしいと聞いたが、なんとか試験に受かった。

■留学先とテーマの選定<1973年>
 基本的な制約はない。まず米国を選んだ。当時はまだ1ドル360円から308円に移り、次いで1973年2月より完全な変動相場制に移行した時代である。そんな中で、生活レベルを維持するのは厳しいと予想したが、半導体研究開発で米国は突出しており迷うことはなかった。留学テーマの選定では、帰ってからたぶん担当できないであろう物理に近い分野を選ぼうと思った。CCDでは界面の評価がキーになると想定し、当時高い評価を得ていたウィリアム・スパイサー教授の下で真空光電子分光法を用いたSiの表面評価を行うこととした。
 そして1973年9月1日に米国に渡った。72年2月に結婚していたので、米国で出産するのは大変と思い、うまく時期が合うように子供を設けた。8月に息子が生まれてので、少し後で来るように単身で出かけた。渡米では初めての飛行機で緊張した。床の下には10,000mの空がある。翼の先端を見るとぶるぶると震えている。余計怖くなった。

■研究状況の選定<1973-74年>
 実験は最初Si表面解析のプロジェクトががなくて、Csの表面、次いでSiの表面の評価を行った。高価な真空紫外分光装置を奪い合って(もちろん教授の采配の下、計画的に)使うので、実験は3,4か月に1回、約1週間の実験期間である。実験のないときはひたすら机上勉強であるが、それでは間が持たず、プラマー教授の講義に何回か参加させてもらった。スパイサー教授がプラマー教授にかけ合ってくれたらしいが、今考えればかなり不遜な行為だったようである。学生は大枚を支払って講義を受けているのであり、それを只で聞かせてくれというのは虫がよすぎる。当時はそこまで頭が回らなかった。
 この暇すぎる研究環境は、確実に私のその後の研究方向を決める状況を醸し出した。忙しく手を動かして実験していなければ気がすまない性分は、このような物理実験ではこの先やっていけないと確信した。たまたま学会でTI社が発表した溝付き太陽電池から、その後の私の研究人生を方向付けた”トレンチキャパシタセル”を発案した。ちょうど私の所を訪問した別の部署の課長(当時中央研究所ではUL(unit leader)と呼んでいた。)の誘いに乗り、1974年8月末に帰朝してまもなく集積回路プロセス開発を担当することtなった。

■米国生活<1973-74年>
 スタンフォード大学の周辺、パロアルトやメンローパークは高級住宅街でとうてい住めない。かなり南に下った所のマウンテンビューに日本人が多く住んでいるカリフォルニア・ストリートのゴールデンテラス・アパートに2LDKを借りた。あまり定かでないが家賃は175ドル/月と記憶している。すでに住まわれていた当時の浅井彰二郎研究員になにかとお世話になった。
 間もなく妻と0歳の息子が合流した。部屋には厚手のカーペットが敷き詰められており、当然米国流に靴で上がる。ハイハイし始めた息子はその床のうえをはいずりまわって、落ちているものを口にする。最初は気にしていたが、きりがないのであまり気にしなくなった。当然飲み込んだら危険なものは手の届かない所に置く。むしろあまり神経質にならずに子育てできたように思う。周りには数家族以上の日本人家庭がすんでおり、妻には話し相手が十分いたようである。
 当時世界最先端の文明を誇っていた米国の生活環境は便利なことこの上もない。アパートの隣はGEMCOという大手のスーパーマーケットがあり、その広さたるや当時は感激ものであった。いまでこそ、日本にも大きなモールやスーパーがあるが、35年も前に同じものが米国にはあった。なにせ、サンフランシスコ飛行場に向かって徐々に高度を下げて行った時目にしたのは、片側6車線、両方で12車線の高速道路(のちにフリーウェイ280号線とわかる)である。こんな国に戦争を仕掛けた日本はおろかだなあと感じたものである(もちろん1940年代にはこの道路はなかった)。

■米国の親心
 私が留学させてもらった1973年は日立における海外留学制度が始まって数年後ではなかったかと思う。過半数が米国に留学した。受け入れてくれた大学も学 生として留学した場合は授業料を徴収したと思うが、研究員(research associate)として研究についた場合は、諸経費は徴収しなかった。まあ、米国の場合、Ph. Dコースの学生にはむしろ大学が給料を払うことが普通であるから、労働力として無給で働いてくれれば助かったという側面もあろう。しかし、1970年代か ら1980年代にかけて日本の電子産業の破竹の勢いはついに米国をして日本を敵としてみなす段階に至り、いわゆるコンピュータのスパイ事件や様々な軋轢が 生まれた。
 そうこうするうちに留学にたいして相応の対価を要求するようになった。まあ、イコール・パートナーとしては当然の施策ではあろうが、留学に大きな費用が発生するようになった。第二次世界大戦後、日本を共産圏への防波堤として日本を富ませることに腐心してきた米国の親心も、軍事以外では強力な競争相手としてみなしてたのだろう。

■留学の影響
 いろいろな側面で留学の体験が色濃く私の人生に影響していることを、この歳になって認識し始めた。志望を集積回路へ転換したのも、緩慢な表面解析実験がきっかけだったし、その実験間隔の余りある時間を使って、1週間前後の三度の自動車旅行ができたのもそのお陰である。サンタバーバラ→デスバレー、グランドキャニオン→モニュメントバレー、グレートソルトレーク→イエローストーンであった。ヨセミテへは無理すれば1日で往復できる。これらの旅行で、米国の印象は最先端の近代文明の国というよりは、豊かな自然に恵まれた農業国という側面がかなり強いと認識した。当然ネイティブアメリカンへの扱いや、絶滅寸前に追い込んだバッファローとそれによる緑の草原の荒廃など、様々な負の歴史を学ぶことともなった。
 この1年間の旅行はその後の私の旅行スタイルを決定した。有名な観光スポットよりは、むしろ行き当たりばったりで見つける予想外の風物や人々に感動する。グランドキャニオンはそれなりに素晴らしいと思ったが、むしろサボテンが散在し、可憐な花をつけた背の低い草花がまばらに生えているアリゾナの半砂漠に感動した。1時間走っても一台の車にも遇わないことがある。きっちり計画を立て、予定のところを見ないと気がすまない妻とは正反対の性向である。最近は補完的な折衷で解決している。
 バイクの乗り方もこの延長線上にある。なるべく軽いデュアルパーパス車で街を訪ね、そのまま林道に入るのが無性にたのしい。これに写真の趣味が重なるのだが、まだ自分なりの傑作は撮れていない。

地図作り / Map making

  歩いた所は必ず国土地理院の5万分の1を買わねば気が済まなかった。山行だけでなく自分の住んでいる周りでさえ。多分それが昂じて住んでいる周りの生活地図を作り出した。特に、米国ダラスに1年半住んだ時には実用もかね面白くてショッピングガイドを造った。  ダラス市はあの当時米国で最も人口増加の激しい地域であった。郊外に次々と大型団地が建設され、それを追いかけるようにして大型のショッピングモールがオープンする。上記のダラス北部の地図を見ていただければ、ショッピングセンター、ディスカウントショップがひしめいているのがわかる。ダラスが膨張している理由はカリフォルニアの生活コストが上がりすぎたのに嫌気がさしたのが一因である。その外の理由もあるが微妙な話題なのでここでは避ける。  自分のために造った地図であるが、プロジェクトの仲間だけでなく現地の日本人達にありがたがられ、それがうれしくて42版も改訂したものである。41改定版を 労作を下に挙げた。


 I could not stop buying 1/50000 maps of both mountains and vicinity where I have walked. This habit has made me write own maps for living. When I have been living in Dallas, I have been nmaking shopping guides for my fan. At that time, Dallas city was the fastest growing city in US. Big apartment complexes have been constructed one after another in the suburbs and then big shopping malls have been constructed following the complexes.
 When you look at the northern Dallas shopping guide, you can see there are so many shopping centers and discount shops. One of major reasons why Dallas has been growing fast might be that living cost in California has increased considerably and people begin to hate it. BrAlthough these maps were made for myself, I have made 42 versions of those because many Japanese living in Dallas enjoyed these. This mapping has been updated for 42 times. I am surprised at my efforts anyway. This final issue was enriched by the information supplied by Dr. Mizuno. A figure shown below is the 41st issue.


Fig. 1 Northern Dallas shopping guide−1996.1.24
不思議な体験 / Mysterious Experiences

 実を言えば、UFO(宇宙人の渡来という意味での) もオカルトも信じていない私は、いわゆる摩訶不思議な体験はほとんど記憶にないのである。曲がりなりにも「エンジニアたるものは、第三者の下で再現する事実以外は信じてはいけない」とかたくなに思い続けている。要するに合理的な客観性に基づいてのみ判断したいと思っている。それが満たされて初めて、その事実を敷衍したいと思っている。ただ、現在の科学技術レベルの未熟さは勘案しなければならない。教会の科学知識が十分高ければ、ガリレオが「地球はまわっている」と訴えた事実は否定されなかったに違いない。
 しかし、「人の心の動き」はこれに当てはまらない。他人が不思議な体験、たとえば「お化けを見た」と言っても、後にそれを再現できなければ私としては信じないが、少なくとも「心の動き」からすれば本人にとっては「体験した」のであるとはいえる。人間の脳の錯覚であるのだろう。この脳の錯覚については近年ずいぶんと研究が進んでいるようである。

 To be honest, I neither believe an existence of UFO driven by extra-terrestial creatures nor the ocult. Then, I remember almost no experience of encountering mysterious things. I dare to convince myself as an engineer of that only the fact which can be reproduced by other persons should be worth being believed. I would like to judge everything with reasonable objectivity. After it is satisfied I would like to tell the fact. While, unmatured level of present science should be taken into consideration. If the knowdge level of churchs was high enough, the famous claim that the earth wad rotating might not be denied. However, the action of mind is not subject to these circumstances. For instance, I won't believe a ghost which has been seen other person, if it is not reproduced again. But, I do not deny that the person really saw the ghost in his or her mind experienceing the phenonena. We human beings see a lot of illusions inside their brains. The research of the illusions in brain has become far progressed these days.


■命を救われた一杯のリンゴジュース<2006年12月>
 尾籠な話なので、それを嫌う人は読まないでほしい。一言でいえば、激しい下痢がたった一杯のリンゴジュースでウソのように止まったという体験である。

<下痢の発生と回復経緯>
→ 初日:12月10日サンフランシスコに出張した。昼に、クラムチャウダーとカニのパスタを食べ、夜はバーガーキングでバーガーを食べる。とくに問題はない。
→ 二日目:昼にシュリンプの一杯つまったサンドイッチ、および、またクラムチャウダーを食べる。まもなく気持ちが悪くなって、2時間後にホテルで 嘔吐。嘔吐物は全く酸っぱい味がせず、クラムチャウダーの味そのもの。
 30分ごとに計ったように下痢。2,3回の下痢の後は、ほぼコップ1杯ぶんの薄黄色の透明な水のみ排出。ミネラルウォーターを適宜飲むもそれより遙かに排出量は多く、次第に体がひからびてきた感じがする。いつもは黒目を半分覆っていたまぶたは一気に引っ込み、まるでキムタクのような目になった。手首をつかんでも5mmあましていたのに、1cmも親指と中指が重なる。顔の皮膚はしわだらけ。帰国後の体重測定で多分このときには1日で一気に3-4kgぐらい体重を落としていたと推定。
→ 三日目:このままではミイラになると、昼にアップル・ネクタージュース一缶(355ml)を一気に飲む。あら不思議、直後に下痢がとまった。8時間後に1回行った後はまた6時間行かず。止まってから14時間後からまた2,3時間おきに行き出す。ジュースの効果が切れたのか?
→ 四日目:朝、バナナ一本、昼にキツネうどん一杯、夜にもキツネうどん一杯。小水が出だし、快方に向かう。なぜか一番食べたいと瞼に浮かんだのはうどんだった。
→ 五日目:帰国。飛行時間11 時間の間、トイレに行かなくてよかった。成田空港では体力が消耗していたのでふらふら歩いた。ながい廊下で心臓バクバク。
→ 六日目:一人の部屋でひたすら寝た。ぶぶ漬けを掻き込む。トイレには行かず。小水少々。
→ 七日目:トイレに行く。ほぼ正常な便。手首の細りは半分回復。まぶたが元のように膨れだす。キムタクの目で留まっていて欲しかったのに、被さってしまい元の黙阿弥。でも、助かったぁ〜〜。

<ジュースで下痢がとまった原因の推定>
 「何らかのバランスを崩すと、本来栄養分や水分を吸い上げる腸は、逆浸透で血液中の水分を排出するようになる。」最初の30分毎の定期的な下痢がこれ。「ジュースが入ってきた腸は本来の役割を思い出し、栄養分と水分を吸収するようになった。」14時間の間に1回しかトイレにいかなかったのがそれ。14時間後にはジュースの効果がなくなり、下痢が再開した...と推定しています。

<元々弱い胃腸>
 生牡蠣を5 個以上食べた過去二回必ず食中毒になった。かに、エビで当たった回数は、おおよそ数回。魚介類の細菌・ウィルスに弱い体質らしい。それに渡米前の体調があまり良くなく、かつ飛行中は映画を見てしまったので眠らず胃腸が弱っていたとおもわれる。
 嘔吐物に胃酸が感じられなかったのも、胃酸がかなりの細菌を殺す役割を担っていることを考えれば、悪い方向に向かわせるきっかけとなったと推測。いつもは必ず持って行く正露丸など医薬品一式を家に忘れてきた。これも下痢が長引いた原因かも...悪いことは重なる。


■One glass of apple juice saved my life
 As this story sounds dirty, I recommend not reading for some people who do not like dirty story. To summarize the story, heavy bowel lost was amazingly stopped with only a glass of apple juice.


■幽霊の存在<2001年1月>
 中学生の時、幽霊はいないと確信した。それは、日本の幽霊は足がないが、欧米の幽霊には足があると知った時である。ホモサピエンスとしてほとんど同じDNAを持つ人種の間で、一方には足があって他方にはないということなどあるはずがないと思った。笑うことなかれ、小学生も低学年のときには誰でも半ば幽霊の存在を信じていたに違いない、いや大人から信じこまされられていたに違いない。
  2001年1月、母が亡くなった。最後の半年は私の単身赴任先で面倒を見ていたが、前年の春に胃がんが見つかったときにはもう末期だった。気丈な母は具合の悪いのを歳のせいにしていたようである。息子として十分な世話をできなかったという悔いが今でも残る。
 親戚の何人かと一緒に、住んでいた家の中の整理をしているときに、ふっと廊下の先の部屋のドアからドアを母が横切った。瞬間背筋が寒くなった。おもわず周りの人たちに告げたが無言。すぐに後悔した。「ああ、これが幽霊なんだ」、心の中にあるわだかまりや、後悔や、自責の念が、脳に錯覚を起こすんだと納得した。
 この歳になるまで、宗教への関心が全くなかった。「善人なおもて往生をとぐ、まして悪人においてをや」という教えも教科書の上での遠い話だったが、急に身近に感じられた。わだかまりや、後悔や、自責の念を軽減するために宗教があるのだ。それを「救い」というのだ。古来、日本には幽霊の復讐の話が多くあるが、あれは復讐される本人がそう思っているに違いない。根っからの悪党は殺人をいくら犯しても後悔などせず、幽霊などでてこない。
 そう、幽霊はいるのである。本人の心の中に。でも当人と心情を共有しなければ、他人には決して見えない。怨念が残って復讐するというが、怨念など地球規模で年間何百万、何千万と残るに違いない。戦争やテロ撲滅作戦で本人の意思に反して人達には確実に残る。それらをどう整理すればよいのだろう。


青春の詩 / A poem of "Youth"

  私はあまり本を読まない。多くの趣味がついつい本から遠ざけてしまう。「大地」は最後まで読み切れなかったし、「嵐が丘」は読み通したが共感も理解もできなかった。若過ぎたせいもあろう。中年になってからは一時期、アーサークラーク、グレッグベアなどのSFには凝った。ドキュメンタリー然としているが、小説ともとれる「神々の指紋」もおもしろかった。
 少ない中で強く印象に残った詩がある。何かの機会で知ったのだが”青春”という詩で、かつてマッカーサー元帥が吟じていたとのことである。その時代に私は3,4歳であったから知る由もない。サミュエル・ウルマン (1840-1924)の原作が勝手に改ざんされているのを見かけるが下記のものが原作であろう。
  なお、多くの訳があるが、私なりに訳してみた。文学的センスに乏しいので、プロフェッショナルにはとうてい及ばないし、かつて読んだフレーズが随所に散見されるが、これもご愛敬。

     YOUTH         - Samuel Ullman -

Youth is not a time of life, it is a state of mind.
It is a temper of the will, a quality of the imagination,
a vigor of the emotions, a predominance of courage over timidity,
of the appetite for adventure over love of ease.

Nobody grows old by merely living number of years;
peoples grow old only by deserting their ideals.
Years wrinkle the skin, but to give up enthusiasm wrinkles the soul.
Worry, doubt, self-distruct, fear and despair
--these are the long, long years
that bow the head and turn the growing spirit back to dust.

Whether seventy or sixteen, there is in every being’s heart
love of wonder, the sweet amazement at the stars and the starlike things and thoughts,
the undaunted challenge of events, the unfilling child-like appetite
for what next, and the joy and the game of life.

You are as young as your faith, as old as doubt; as young as your self-confidence,
as old as your fear, as young as your hope, as old as your despair.
So long as your heart receives message of beauty, cheer, courage, grandeur
and power of from the earth, from man and from the Infinite as long as your are young.

When the wires are all down and all the central place of your heart is covered
with the snows of pessimism and the ice of cynicism,
then you are grown old indeed and may God have mercy on your soul.


     青春            - サミュエル ウルマン -

 青春とは人生のある時期をいうのではなく心のあり様をいうのだ。
 強い意志、たくましい想像力、熱い情熱、臆病心をすてる勇気、安易を求めない冒険心、
こういうあり様を青春というのだ。

 歳を重ねただけでは人は老いない。理想を失った時に初めて老いる。
 歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失うときに精神はしぼむ。
 苦悶や、疑惑、不安、恐怖、失望、こういうもが長い歳月のごとく頭を垂れさせ、
精気ある魂を塵と化す。

 歳は七十であろうと、十六であろうと、その胸中に抱きうるものは 、驚異を愛する心、
きらめく星々、その輝きにも似た事物や思想に対する感動、事に臨んでの不屈の挑戦、
子供のごとく求めてやまない探求心、人生への歓喜と遊び心。

  人は信念と共に若く   疑惑と共に老いる。
  人は自信と共に若く   恐怖と共に老いる。
  人は希望ある限り若く  失望と共に朽ちる。
 大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と力、威厳を受ける限り人の若さは失われない。

 これらの霊感が絶え、心が悲観の雪が覆われ、皮肉の氷で閉ざされば、人はまことに老いて 神の憐れみを乞う外はなくなる。


雑感 / Impressions

 折に触れ、強く印象付けられた事柄について日記風に感想を述べてみたい。


トランプ現象

 2016年11月8日の米国、世界中が大統領選挙の行方を見守っていた。あからさまに人種差別・移民排斥や女性蔑視の言葉を吐き続けたトランプ候補がよもや勝つはずはないとマスメディアは発信し続けていたし、世論調査も拮抗ではあるがクリントンが数%優位であると報道していたので、大衆はそれほどの危機感は感じていなかった。しかし、投票開始時には77%クリントン優位と報道されていたのが午後になると逆転し、民主党寄りの新聞でさえトランプが80%勝つと言いだした。

 今年6月23日に大方の予想に反して英国がEU離脱を決めた国民投票よりはるかに大きな激震が襲った。日本の9日の日経平均株価は900円以上下げ、経済界の狼狽ぶりを露呈した。トランプが一貫して米国第一を掲げ、保護主義的な政策をぶち上げていたからである。曰く、中国からの輸入に45%の関税をかける、同盟国には応分の防衛費を負担させる等々である。

 ところがトランプが当選確実になった10日、日経平均株価は前日の下げを相殺する1000円以上の高騰を記録した。トランプ候補が運動中に訴えていた法人税を35%から15%に下げる、軍事費やインフラ投資を大幅に増額するという経済活性効果に期待したからにほかならない。大幅減税とそれらの大幅増額とは本来相容れない施策なのに、経済界は合理的な判断力を失ったとしか見えない。

 トランプが勝つのが確実になると、皆滔々と結果論を語り始めた。逐一挙げるのはうっとうしいのでやめるが、一言で言うと白人中間層にくすぶっていたマグマのような不満を掘り起こしたのがトランプで、これを過小評価したのがクリントン陣営であるといえよう。ただ、総得票数ではクリントンがわずかに優っていたのだが、米国の投票制度のあやによってトランプが勝利した。不満白人中間層がカギを握るオハイオ州などで重点的に活動したトランプの戦略勝ちであるといえよう。トランプの人格を疑うような発言やスキャンダルは、むしろ注意をひきつけたとさえ云えるのかもしれない。スキャンダルによってかえって有名になるマスメディア特有の現象はいまだ健在である。

 一連の動静をトランプ現象と呼べば、たんなる大衆迎合主義(ポピュリズム)の結果と説明するのは的を射ていないと感じる。グローバリズムの拡大によってむしろ格差が拡がった資本主義世界に警鐘を鳴らすものだろう。後世において2016年は資本主義、グローバリズム、さらには民主主義の屈曲点だったと認識されるように思う。「雨降って地固まる」になってほしいものだ。

 当選を確定したトランプは、急速に過激発言を引っ込め、まるで有能な経営者然とした態度をとり始めた。今後どうなるかは多少検討がつく。ただ、世界の紛争地域に対する人道主義に基づく米国の介入は縮小し、米国は自国の損得で判断して行動するようになるだろう。重しのとれた国や組織が今以上に活気づくのではないかと危惧する。<2016.11.19日記>



映画 "2012"

■映画のあらすじ
 この12月、「2012」という映画を見た。2012年に惑星が直列に並ぶことによって地球に多大な引力がかかるため、地球表面の外郭が短時間に回転し大地殻変動を起こすというものである。多くの場所で地割れが発生し、陥没し、はては1000mを超す津波によって、文明社会が壊滅的な打撃を被る。マヤ文明は遙か昔にこれを予言したとしている。
■神々の指紋
 何年か前に、グラハム・ハンコック著の「神々の指紋」を一気に読んだ。まさにこの話題を扱ったものであるが、ドキュメンタリータッチなので、映画の人間くさいストーリーとは異なる。この本ではいろいろなものを教えられた。エジプトのあの有名なギザの三つのピラミッドの位置、大きさが、オリオン座の三つ星のそれぞれ位置関係と明るさに関連しているなどなど、目から鱗の事実であふれていた。
 南極に亜熱帯の植物が埋まっている、シベリアに木になったままのリンゴが埋まっているなどの事実から、短時間に地球表面がずれたという推論である。また、シベリアにマンモスが並んで折り重なって埋まっているという事実もそれを裏付けるとした。
 地球の磁極は北がNで南がSだが、過去に何回もそれが反転した事実が認められている。そして、海に沈んだとされるアトランティス大陸は、実は現在の南極であるとした。南極のあらゆる所をボーリングして文明の痕跡を探したい衝動に駆られる。
■3年後はどこにいる?
  私のように生半可な知識しかない科学好きのエンジニアを感動させ、信じさせるに十分な記述である。そして、その外郭回転が次に起こるのが2012年というわけである。その回転の中心軸はアメリカのダラスであると予言している。同地方は有史以来地震の記録がないらしい。もし、グラハム・ハンコックが自分の説を信じているとしたら、もうダラスに居を構えているかもしれない。
 もちろん私自身本気で信じてはいない。もし信じたら、なけなしの蓄えをはたいて、世界中を旅するだろう。どこで死んでも本望だったら、何でもできるかもしれない。2012年には、昔1年半住んだ懐かしのダラスにいるかもしれない。広大な半砂漠地帯と、近代的なビル群。ケネディーが暗殺された場所。
■中国の台頭
 この映画で中国の台頭を示す印象的なストーリーがあった。映画の中で高性能なグッズや先進的なシステムが出てくると、今までは定番として「日本製」ということが多かったが、この映画では、ノアの箱船よろしく10万人を超える人間や動物を乗せる船を数艘建造し、世界から選ばれた人たちを乗せ、チベットの山の中から荒れ狂う大海にこぎ出すのは中国であり、「中国だからこの短い時間内に建造できた」というフレーズがあったことである。
 かつてアメリカで、安物扱いされた日本製品が徐々に高性能・高級品扱いされてきた過程を見る気がしたのである。隔世の感がある。アメリカ人の感覚が変わってきていることを認識すべき時であろう、政治の面でも、経済の面でも。 <09.12.16記>




金融危機

<米国のバブル崩壊>
 上がり続ける不動産価格、それを担保に次々と借金をし見かけ上裕福な生活をふくらました米国の大衆。かつて日本が破綻した不動産バブルそのものだが、警鐘を鳴らした声はかき消されたのだろう。「経済危機の記憶は10年過ぎると忘れられる」という。まさにそれを証明した事象であった。今になって「私は警鐘を鳴らしたのだ」という経済評論家がいるが、彼はバブルを謳歌してはいないだろうか?私は残年ながら経済音痴で、2008年末にここまで落ち込むとは想像だにできなかった。なので、もちろん彼を非難できる立場にはない。

<金融危機の到来>
  不動産バブルが崩壊したまではまだ傷が軽いと思われていたが、リーマンブラザーズが破綻し、保険業界最大手のAIGが危機に陥るにおよび、人々は真っ青になっていった。行き場を失った世界マネーは石油に向かい、日本でも夏には一時1リットル180円まで上昇した。
 そして、米国ビッグスリーが危機的状態になると平行して、雇用不安が拡がって消費が落ち込み、2008年3月期には過去最高の利益、2兆円をあげたトヨタまでが今年度は赤字に陥るとの発表である。消費全体が落ち込むとガソリン消費も減少し 、2008年末には1リットル90円まで下落した。これだけとっても異常な経済状態であることがわかる。

<トヨタの誤算>
 またこれも結果論なので、揶揄するのは潔しとしないが、まとめてみよう。GMを抜いて生産台数で世界一になったトヨタは、米国の最後の牙城、ピックアップトラックやSUVを生産するために大型工場を立ち上げた。それまでの一工場で他品種を生産し、需要に敏感に対応する堅実な方式を捨てて、米国流単一品種/大型工場を採用したのである。GMを抜き去ろうとして米国流を踏襲したら、まさに米国が失敗した道をも踏襲したという何とも無様な結果となった。トヨタ以外の日本メーカーも大幅な減益を余儀なくされているがトヨタほどではない。プリウスを世界に広め、エコ最先端を独走していたトヨタが何を血迷ったのであろうか。GMを抜こうとしていたときトヨタの社長は「一番怖いのは慢心である」といみじくも喝破していたのにである。「好事魔多し」。

<ホンダのF1撤退>
 若いころは特に車好きであった。自分で車を持つ余裕などなかったが、ホンダが9年連続でコンストラクターズチャンピオンに輝いたときは日本人の多くが誇りに思った。常勝が当たり前になると広告塔としての役割は減じる。ここで、ホンダはF1から撤退する。そして何年か後再び参入するが、チャンピオンにはなれずにいた。F1参加費用は年間500億円といわれる。この経済危機でとうとうホンダも撤退に踏み切った。
 F1のようなモータースポーツは時に非難される。F1カーはリッターあたり数キロメートル以下の燃費であり、エコとは対局にある。エンジンやシャーシー開発は市販車にも適用されるといういいわけが聞かれるが、F1に参入していないメーカーのエンジンやシャーシーが劣るであろうか?否である。私は「近い将来電気自動車によるE1カーレースが出てくるに違いない」と思う。F1のFはformulaの頭文字であるが、これをfuelと読み替えて、fuelがelectricityになったからE1と呼ぼう。

<資本主義の表と裏>
 このような時期になると人々は声高に「エコロジー」とか、「スローライフ」と唱える。科学技術の進歩も遅らすべきだとの声さえあがる。でも、資本主義のような体制の下では無理だろう。企業は戦争をしているようなものだ。より高性能で安価な製品を製造・販売しなければ負ける。いきおい差異化できる最先端技術開発に血道をあげる。この資本主義はいわば「拝金主義」だから、本来の資本主義の下、これからの技術開発を省エネ指向になるだろうから希望はある。
 予測がつかないのは戦争だ。100年間に戦争で殺される人の数は着実に増加してきた。20世紀には数千万人が死んでるはずである。21世紀は原子爆弾を雨あられと降らさねばこれを超えないと考えられるので、そうならないことを望む。そうなればたぶん地球は核の冬をむかえて、人間を含め多くの生物が致命的な傷を負う。

<宇宙船地球号>
 この宇宙船にはどれだけの生物がバランスをとって住み続けるだろうか。中国やインドが先進国と同じ生活レベルを求めれば、現在のあらゆる資源は枯渇する方向に向かう。すでに魚介類の供給が不足しつつある。でも、先進国が中国やインドに「生活レベルを向上するな」とは軍事・経済面だけでなく人道上も言えないだろう。先進国が抑圧すれば、非抑圧国はたぶん軍備を拡張して発言権を高めようとするだろう。それでは前世紀までの人類の愚行を再び繰り返すことになる。
 私には具体的な数を算定できないが、現在の60億余の世界人口はたぶん多すぎる。その数を算定してみたいような気がしている。そしてその数を多くするために科学技術開発を行えばよいのである。これが理想論であるが、私は理想主義者ではないから、人間の闘争心、覇権主義、そのほか諸々の負の面とどう折り合いをつけるかという命題にとりくむことが不可欠であると思うが、ここに至れば呆然とたたずむしかない。安易に宗教に依存するわけにはいかない。宗教の負の面もまたきわめて大きいことは歴史が証明している。 <2008年大晦日に思う>




映画の禁じ手

<追跡している主人公が実は犯人>

 ときどき監督に弄ばれている気分になる後味の悪い映画がある。総じてレベルは高いのだが、なにかだまされた気分になるのである。それは、「懸命に犯人を追っている主人公が、実は犯人だった」という映画である。これは、よほどうまく創ることができなければ、禁じ手のような気がする。脚本の出来と監督の手腕が直接問われる危険な映画手法だ。

■最近見たのは、ハル・ベリー主演の「パーフェクト・ストレンジャー」。主人公の女友達が不審な死に方をしたのを、新聞記者の主人公が犯人を追求するという設定である。この種のサスペンスは、次々と犯人と思わせる人物を替えていくのであるが(俳優やメークアップもそれらしく整える)、もっとも犯人として疑わしいと思わせていた男が、最後に主人公が犯人であることを突き止めるものである。題名も思わせぶりだ。「絶対犯人はわからないだろう」とTV宣伝で言っておいて、どんでん返しを狙うのには眉をひそめる。
 主人公は自分の殺人を記憶に留めていなかった訳ではない。だったら、筋としてすこしでも主人公を疑わせる部分を挿入していおくべきだと思う。あっけらかんとして、自分以外にいるはずもない犯人を懸命に追っかけている(ように映画内で演技している)ことが許せないのである。
 映画としては楽しめた。まあそれが救いではなるが、いやな気分は多少残っている。セクシーなハル・ベリーに免じて許そう。

■これも同じ、確か売れっ子作家のジョニー・デップが、犯人を追いかける筋である。題名は「シークレット・ウィンドウ」。自分の作品を盗作したとゆすりにきた犯人(実は自分)を殺すのであるが、殺した相手は実は自分が殺したがっていた男である、という設定である。この場合、ジキルとハイドのように完全な二重人格となっていて、自分が犯人と明確には自覚していなかったように記憶している。
 この映画も途中の筋立てが不明確で、わかりにくかったが、苦労して作ったことはうかがい知れる。たぶん二度以上見なければ理解しがたいであろうが、二度見るのは嫌いだから、後味の悪さが残った。

■次は、ブルース・ウィルスの映画である。これが三つの中では一番古いから、題名も完全に忘れ、筋も忘れかけているが、犯人を追いかけているうちに、次々とその犯人が自分ではないかと思わせる設定である。これは、徐々にそう思わせるように設定しているし、本人は自分の殺人を記憶していないから、後味は悪くはない。ネットで調べたら、確信はないがどうも「アンブレーカブル」という題名だったらしい。決して死なないという超能力をもっているところが、筋の現実味と多少乖離してると感じた。

<映画の殺人>

 映画なんて楽しめばいいのだが、特にアクション映画内で殺される人間が多すぎる。「たった一人の主人公」を助けるために、数十人、あるときは百人を超える人間が死ぬ。殺される人数が一番多いと宣伝した映画もあったほどだ。「一人を殺せば殺人だが、百人を殺せば英雄」という戦争の論理を持ち込めば納得するのだろうか?.....見た映画を思い出して書き込んでいたら、フツフツとまたこの感情がわき上がってきてしまった。

 ゲームマシンで楽しむ戦争やバトルものは同じような性格を持っている。欧米の子供向き映画や漫画は「バイオレンス」に神経質だが、社会全体でそんな雰囲気を醸す必要があると痛感する。

<カーチェイスのこっけいさ>
 
 アクション映画にはカーチェイスがつきものであるが、ひどく壊れたり、激しくこすったはずの車が、続くシーンでは壊れていなかったり、擦り傷がなおっていたり、滑稽な場面がしばしば出てくる。映画はワンカットごとに切り刻んで撮るので、前のシーンで壊れて動かなくなったら、別の車を使わないといけないだろうから(予算がなかったら修理もありうるか?)、壊れ方や傷を同じにできないという事情があろう。それに、カットは実時間系列と同じ順序で撮るとはかぎらないので、前後が入れ替わる時もある。カーチェイスでそれを行っているとは考えにくいが、そうとしか思えない場面もあったりする。
 このような場面には、苦笑してやりすごすのであるが、監督のセンスを疑うことになる。まあ、いちいち監督の名前を覚えているほどの映画ファンではないから、じきに忘れるのだが。
 映画ファンの中には様々な映画の欠陥をあげつらう趣味を持っている人たちがいる。まあそのような楽しみ方も他人がとやかくいう筋合いではないが、不特定多数の他人に吹聴すれば業妨害になりかねないことは認識しておかねばならないだろう。   <2008.10.23記>




飛行中のケイタイ電話

 飛行機に乗り込むと間もなく「電波を発する機器の電源をお切りください」とアナウンスがある。積極的に電波を発する携帯電話のほかにもデジタル機器は皆切らねばならない。私は2,30回に一回ケイタイを切り忘れることがあって、その都度「こんなゆるい規制でいいんだろうか?」と気になる。

 もし、10回に1回切り忘れる人が10人乗りこんでいれば、誰か一人でも切り忘れている確率は65%になる(=1-0.910)。100回に一回切り忘れる人が100人乗りこんでいたら64%だ(=1-0.99100)。私は迂闊なほうだが、平均的な日本人よりはるかに忘れっぽいとは思わないから、100人乗っている飛行機で誰かがケイタイをオンしている確率は限りなく100%に近いのではないかと思う。

 航空会社はそれを認識していると思う。本当にケイタイで飛行機が落ちるなら、血道をあげてチェックするだろうし、いの一番にテロリストがそれを利用するだろう(ケイタイである必要はない、パソコンの中に大電力の電波発信機を入れておくだけでよい)。すべての世界のキャリアの電波を受ける受信機を一台入れておけば、飛び立つ前にオンしている携帯を鳴らすことができるはずであるが、飛び立ってからオンされたら防ぎようがない。

 最近、アメリカの飛行機会社が飛んでいる最中にケイタイをかけられるサービスを始めるようなニュースがあったが、これを聞いた私は自分の疑問が的を射ていることを悟った。「離着陸の時だけ危険で、巡航中は大丈夫だ」と言い訳されているのだが、私は半ばそれを信用していない。でも、ブルースウィリス主演のダイハード何番かでテロリストが誘導電波を改ざんして着陸する旅客機を滑走路に激突させたが、プロトコルの全く違うケイタイでそんなことが起こるとは考えにくいがあり得ないとは断言できないのがひっかかっている。オンしているケイタイの数が多ければほぼ比例して電波の強さも増して誤動作の確率も高くなるかもしれない。

 一年前だろうか、コントロールに不具合があって飛行場に舞い戻ったあるフライトの未遂事故がそのときかけていたケイタイのせいだというニュースがあったが、まもなく飛行場に備え付けの機器そのものの不具合であることが判明した。その訂正報道は小さなものであった。
 ケイタイと飛行機運行不具合の関連を取り上げて問題にするつもりではない。一度誤った認識、とまでいかなくても過剰な認識にに基づく技術的・科学的通念が形成されると、大衆は妄信し、ときに「魔女狩り」まがいの行動を起こすことが怖いのである。マスメディアは正確に伝える義務があるし、間違った通念は地道に訂正する態度が必要だと言いたいのである。

  この問題は何もケイタイに限ったことではない。機械化、電子化が進めば進むほどかえってシステムは脆弱になる。ほんのちょっとしたソフトウェアのバグによって全銀行の入出金業務が完全にダウンすることを巷で何回も経験している。心臓のぺースメーカーがケイタイの電話で制御できなくなることも報告されている。ケイタイと飛行機の問題は一時に何百人の生死にかかわるから声高に叫ばれているのであろうが、納得のいく対策をしてほしいと切に思う。   <2008.9.6記>

<追加:2008.9.22>
  ギリシャからの帰国便の中で日本の新聞を見ていたら、省エネ最新鋭機・ボーイング787の出荷が1年近くも遅れていることが報道されていた。この機はハイテクの固まりで全体の35%までカーボン繊維複合材が使われているそうである。これが災いし、落雷は電気伝導度の高いボルトのところで火花を発生させるらしい。この対策として燃料タンク周りのボルトナットではエアギャップを埋めて、火花を散らさない対策を追加しているとのこと。従来のアルミの胴体ではなぜ問題になっていなかったというと、落雷による電流は表面を通ってとがっている翼の先端から放電して逃げていくからといわれている。
 "電子技術者"の私は、この"電界集中"による絶縁破壊あるいは火花放電の抑制の困難さは理解しているので、技術者たちの健闘を祈りたい。 落雷の直撃をうけても平気な電子機器などまずないからである。




不言実行より有言不実行

 平成19年3月に卒業見込みの39人の大学院生の就職の面倒を見た。何社にも内定する学生もいるが、何回も不採用になる学生もいる。その様な学生と面接してみて、いろいろ感じるところがあった。一口に言い切ってしまうと、「どんなに社会が”ゆとり”を求めて変わっていこうと何らかの形で競争が行われるのに、それに対処する気構えがない」のが大きな一因だろう。下記に、広島大学工学部の冊子(2006年10月発行)に書いた感想を再録した。

 この就職担当経験で、青年には小さいときから様々な能力に応じた教育が必要なのを痛感する。記憶中心のペーパーテストの結果だけで能力を判断するのではこれまで培った国際社会での日本の地位を保つのは難しい。「人は生まれついたときから死ぬまで不平等である」ことを認めた上で、平等な扱いが必要であろう。いいかえれば、力を発揮する場は均等に与えるということであろうか。

 なお、最後に残った学生も9月には自分の意に沿った企業に内定したようである、めでたい。ただ、全部の学生に当てはまることであるが、これからが本番である。”頭”だけでなく、人格も、風体も、そして心 ........   <2006.10.25記>

「不言実行より有言不実行」               角南記、広島大学工学部だより(2006年10月)  

 今年は情報家電・自動車の好況感から求人も多く、電子システム就職希望39名に対し200社を超える募集がありました。5月末には内定割合が79%を超え、7月上旬には95%に達しました。真剣に選んでくださった採用担当の方々に心からお礼を申し上げるとともに、大学ではなしえない実地訓練を通じ、学生の持てる力を十分発揮できるよう着実に育てていただきたいと、僭越ながら心から願っております。

 いっぽう就職活動の中で大きな課題も認められました。第一次で内定いただけなかった学生に“コミュニケーション能力の不足”が目立ちます。中、高、大と激烈な入試を勝ち抜いてきた学生は、ペーパーテストの結果だけで自分の進路を決めてきました。それが短い面接時間でバイタリティを評価され、円滑な意思疎通が試されます。これまではほとんど障害とならなかったこれらの能力不足が突然大きな壁となり、ナイーブな学生は一時「全人格を否定された」ように感じ、悩みます。

 企業では例外なくグループで仕事をこなします。私は常々「不言実行より時に有言不実行がまさる」と言っていますが、その心は「一人でこなせる仕事量には限りがあるが、グループで課題を共有すれば、本人は動かずとも大きな仕事ができる」というものです。“有言”とはコミュニケーションです。時に「体育会系」が重用されるごとくに言われるのはこれであって、練習や競技を通じコミュニケーション能力が養われます。

 “性格”を変えるのは容易ではありません。でも企業の望む資質を理解すれば対処はできます。口下手でも、浮つかずロジカルに話を展開すればよい。活力があふれているように見えなくても、一歩一歩確実に仕事が遂行できる印象が大事です。アイコンタクトも大変重要です。話をする時には目上でも相手の目を見ましょう。

 いっぽう、マスメディアで有名な企業に殺到する傾向がありますが、表に出ない部品・材料にも日本の優れた技術が活きています。大衆の嗜好に直接は左右されないから、地道な技術開発が続けられます。社会動向に目を向け、自分の能力に相応しい仕事は何かを考えて欲しい。思い通りにならなかったとしても、自ら考え、明確な意志を持ち、精神的に自立した若人はどこでも喜んで受け入れてくれるはずです。そこからまた新しい世界を切り開くすばらしい人生が始まることでしょう。





ガソリン車と エコドライブ / Gas vehicle and eco-driving

■燃費データ(2008.9.3)
 石油の枯渇を心配し、地球温暖化を憂い、車の燃費に対する要求も日増しに高まっている。思い立って、かって私が保持していた、あるいはまだ使っている四輪車と二輪車の生涯燃費を図面にしてみた。保持していたほとんどの車のガソリン補給履歴を残しているのでこんな時役に立つ。本来は逐一燃費をチェックし、致命的になる前にエンジンの不調を見つけ出すためであるが、いまだかって不調になったことがないので無駄な労力ではある。まあ、これも"蒐集癖"による"データ蒐集"であろう。上に図面を挙げた。

■二輪車と四輪車
 通常のギアをつかったガソリン車は、四輪、二輪を問わずある曲線に乗っているのは興味深い。スクーターは発進時から全開にちかいアクセルの開け方をするので燃費が悪いのだろう。2ストローク小排気量車は、もともと燃焼効率の悪い2ストロークを目一杯高速に回すのでひどいのはわかるのだがここまでとは驚いた。しかしCRM80は狭いながらもパワーバンドに入ると恍惚である。 
 BMX G650Xcountryは650ccにもかかわらず29km/lとすばらしい値であり、おなじ排気量のBMW F650GSより格段に良い。前者が150kg、後者が200kgという車重のちがいもあろうが、エンジン制御技術が進んだことによることも大きいと推察する。これらは単気筒であり、回転数を欲張らずにトルクに重きを置いたことも燃費向上に役立っていると思われる。4気筒で最高速のすぐれたいわゆるレプリカタイプのバイクは同じ排気量でも燃費はこれよりずっと悪い。
 トヨタRAV4は2400ccで初めてCVT(continuously variable transmission)を採用したモデルであり、そのせいもあって、車重が1.6トンと大きいのにもかかわらず相対的に燃費が良い。ニッサンサニーは近所の買い物だけに使っており、かつ常に団地の長い坂を行ったり来たりしているせいもあり、1500ccの割に燃費が悪いのが目につく。

■「ガソリン節約のため二輪車に乗れ」 ----- 正しいか、誤りか?
 必ずしも正しくないことがわかろう。四輪車で4人移動すると、多分10km/l前後、リッターバイク2台でタンデムすると4人だが、上のデータから結局同じ程度のガソリンを食うことが推定できる。一人乗り4台だと確実にバイクが悪い。答えは「場合による」--- 残念!

■米国の大排気量車
 1995年から1年半ダラスに滞在していたときに、マーキュリー・グランドマーキー(フォードブランドではクラウンビクトリヤ)に乗っていた。かってよりは小振りになったがそれでもフルサイズカーである。エンジンはど迫力の4600ccV8。一年半で20,000km以上走った。通勤・買い物が主な用途であるが、生涯燃費は9km/lを超えた。米国の実力を垣間見た気がした。   <2008.10.26記>



■Mileage data(2008.9.3)
 People are worrying about running out of oil and global warming resulting in increased requirement for mileages of automobiles. As I have made mileage records for motorcycles and 4-wheel automobiles I have ever owned, I have tried to plot those data. These rocords have been made for checking possible performance degradation. But this purpose has not been achieved at all to date. These records may be due to my collecting mania.

■2-wheel and 4-wheel automobiles
 Data for 2- and 4-wheel automobiles with usual gears are following some relation as shown in the figure. Since scooters are driven at almost maximum power even at starting, they will give less mileage. I am surprised at very bad mileage of a 2-cycle motoro cycle, Honda CRM80, with small displacement. But this was fantastic at a power band of which revolution exceeds 10,000 rpm.
 A mileage of BMW G650X country is much better than that of BMW650GS even with the same displacement of 650 cc. It may be because the former is 150 kg and the latter, 200 kg in weight. In addition, it may depend on improved engine control. These motorcycles with single cylinder are driven with torque-conscious control. On the contrary, those with 4-cylinders, so-called replica type, are driven with power-conscious control resulting in much worse mileage.
 Despte a big displacement of 2400 cc and a heavy weight of 1.6 tons of Toyota RAV4 with continuously variable transmission, CVT, its mileage is relatively superior to that of Nissan Sunny which are driven almost for daily shopping near my home.

■Is it true or not? ---- "Ride on a motorcycle for fuel economy".
 This is not neccessarily true in my experience. Moving of 4 persons with 4-wheel automobile may consume gas of 10 km/l. Moving of 4 persons with 2 motorcycles with 1-litter displacement consumes almost the equivalent amount of gas. Moving of 4 persons with 4 motorcycles are much worse in terms of mileage. The answer is "depends on situsation".

■American cars with big displacement
 During my stay in Dallas, Texas, I have been driving a Mercury Grand Marquis (Crown Victoria in Ford brand). Despite its size was slightly reduced, it was still a full-size car. Its engine displacement was 4800 cc V8. I have driven it for 20,000 km during 1.5 years. Despite major usage was for commuting and shopping, lifetime mileage exceeded 9 km/l. The capability of US cars was still good. <2008.10.26>




昆虫採集と自然保護

■蝶採集の難しさ
 蝶が捕獲に値するぐらいきれいな状態(マ ニア間では”完品(かんぴん)”と称す)を保つのは成虫で越冬しないほとんどの種で1週間あるかないかの短い期間である。個々の個体に限れば、1日あるの かどうかわからないほど短い。したがって、自分が持っていない珍しい種を採りに遠路出かけても、その日が曇っていたり雨が降っていたりしていると、採集ど ころかまず姿さえ見つからない。という訳で休みが自由に取れないサラリーマンがこの趣味を続けるにはよほどの覚悟と犠牲が必要である。就職すると多くのマ ニヤが挫折するか、大幅に活動が鈍る。甲虫は腐った木などに潜んでいることが多く、蝶よりは天候に左右されないので続けやすい。
 サラリーマンの私も大幅に活動が鈍った一人。二百数十種生息している日本の蝶のうち130種あまりを採集して飽和している。ただ、いまでも網はもって出 かけることが多いが、特定の地域の期間限定の特定の種を狙っているわけではないので収穫はほとんどない。ありふれた種でも日本全国の変異を調べている奇特 なマニヤもいるが、そこまで入れ込めなかった。
 それに近頃昆虫そのものの個体数が大幅に減ったような気がする。昔は夏の高速道路を1、2時間走ればフロントガラスに沢山の虫がくっついて時々ワイパー で除去したものだが、今はほとんど付かない。日本の自然にもレイチェル・カーソンの「沈黙の春」が起こっているのではないだろうか。いっぱんに松食い虫と 総称される松の材の線虫とその宿主のゴマダラカミキリを殲滅するために無差別・広範囲に山に薬剤をまいたりしたことはないだろうか? カミキリなどの甲虫 は相対的に強く、弱い"いもむし・けむし"のほうが先に死に絶え、そしてその"いもむし・けむし"の最後の姿である蝶や蛾や羽虫が減ったと考えるのはうが ちすぎだろうか.....いもむし・けむしが減れば、これらを捕食する野鳥もまた減る道理である。

■環境保全
 過度の採集による特定の種の絶滅というテーマに ついてはもうすでに専門家によって徹底的に語られているのでここでは取り上げない。日本の蝶については心ないマニヤの乱獲に絶滅した種がある。特に限定さ れた地域での希少種は採集しないなどの配慮が必要なのはいうまでもないが、大勢としては宅地造成、農地開拓、林業増進などの大規模な自然環境変化、つまり 植生の変化の影響が一番大きい。雑木林を杉や檜の森にするだけで大幅な動植物の後退が生じる。
 特に蝶の幼虫、いわゆる"いもむし"は極めて限定された食草、食樹しか喰わない。一般大衆にもよく知られているのはアゲハチョウの柑橘類、オオムラサキ のエノキなどであろうか。キアゲハの幼虫はニンジンの葉も喰うがパセリの葉も喰う。これらが近縁の植物であることをキアゲハから教えられる思いである。蛾 の幼虫、いわゆる"けむし"は雑食で、街路樹や果樹を荒らすのはほとんどが蛾の幼虫である。蛾は日本には5000種以上生息してる。蝶の20倍以上であ り、雑食のしぶとさが表れているのだろう。オオスカシバは蛾に分類されているが、その幼虫はクチナシの葉しか喰わない。学問上では蛾であるが限りなく蝶に 近いのである。分類学には狭間における多義性が生じる。

■命への畏敬
 多くの小学校で昆虫採集をやらなくなって久しい。昆虫採集は一時殺生をすることになるが、むしろ自然の摂理を学び、命の尊さに気がつくきっかけになるの ではないか。幼児は生まれつき、"大人の言葉で表現すれば"「残虐」である。赤とんぼの頭を引きちぎって「とんがらし」にしても平気である。でもそれを認 識すべき歳にある小学生がデバートで売っているカブトムシ、クワガタムシを扱っている様を見ていると強くそう思うのである。動物の生存は他の動物の命の犠 牲の上になりたっていることをしかるべき年齢で理解しなければならない。「残虐だ」とかいう情緒的な言葉でもって眼をそらしてはいけないのではないかと思 う。ただ、単純明快な解があるテーマではない.....ここらで、閑話休題。私の蝶採集もフォトハンティングに変わりつつあるがこれが実採集よりはるかに 難しい......   <2005.7.19記>




データ保存には何がよいか?

<背景>
 仕事でも趣味でもパソコンに頼るようになると、保存するデータが山のようにたまる。特に、写真の画像データ保存や書類のpdf化を行いだすと際限がない。たぶん、今では世界で億という単位で頭を悩ませている人達がいるだろう。私自身もまもなく、保存すべきデータが1T(テラ)バイトにせまっている。ごく一部のRAWデータだけ残し、ほかは中程度にJPG圧縮したにもかかわらず。

<CD-RやDVD-Rは危険>
  このデータの保存には、多くの手段がある。過去に様々な手段が供せられてきたが、時代とともに消えていったメディアも多い。詳しくは記さないが、これらのメディアの共通点は保存性が悪いことである。100枚を超えるフロッピーディスクを整理するために読んだら、10%以上読めなかった。CD-Rもかなり保存性がわるい。
 私は今はやりのCD-RやDVD-Rをまったく信用していない。これらを太陽光にさらすと1日とたたずに真っ白に変色する。たとえ暗闇でも酸化雰囲気中では室温の熱によるデータ破壊が確率的に起きる。十分な保護膜を均一につけていない粗悪品では特に始末が悪い。この種のメディアではMO(magneto-optical:磁気光学)の信頼性が高いが、日本だけで普及し、結局今は廃れつつある。熱と磁気を同時に加えて記録するので、記録エネルギーが高く、その分データ破壊に高いエネルギーを要するからであろう。
 これらのメディアはそのドライブの存続性も問題だ。最近ではフロッピーディスクドライブを内蔵したパソコンがどんどん消えて行っているが、フロッピーで記録している人は困るだろう。CDもCD-RやCR-RWに加え、プラスとかマイナスとか何が何だかわからなくなる。

<ハードディスクを選ぶ>
 では何がいいかということである。上記のメディアの他の欠点は記録速度が遅く、かつ容量が最大でも数ギガバイトしかないので、多くの枚数を必要とし、その分だけデータ破壊の危険性が増すし、管理も煩雑になる。記録速度が遅いということは、頻繁な記録が面倒になり、結局バックアップがおろそかになる。
 私はハードディスクドライブ(HDD)を選択した。デスクトップパソコンのマザーボードのSATAコネクターにまったく同じHDD二台を直接接続し、常にこの二台に同時にデータを保存する。一台が壊れたら、その時点で入手できる最善のHDDをつなげばよい。おなじものである必要はない。この点は重要である。現在のUSB2やIEEE1384は遅くて、結局バックアップがおろそかになる。ものぐさな人ほど記録スピードが決め手である。現在では1テラバイトでも1万円台になって求めやすくなった。
 パソコン本体のHDDにはOSとアプリケーションソフトだけ入れる。ここにデータを入れたら画竜点睛を欠くことになる。使い方も含めたOSの不備によって、このHDDをフォーマットせざるを得ないことがあるので、その時には一緒にデータも消えてしまう。

<RAIDでも万全ではない>
 HDDも壊れる。世界でもっともHDDを沢山使用しているのはGoogleであるそうだが、彼らのHDDの平均寿命は3年であるとのニュースを聞いたことがある。HDDは電源をオンしたスタート直後に壊れる確率が高いのであるが、Googleのサーバーは24時間稼働であろうから、彼らの使用条件が特に厳しいというわけではなかろう。一般的な故障率であると考えてよいと思う。
 HDDは壊れるけれど、RAIDにすれば安全だという“常識”は必ずしも当たっていないと私は思っている。「RAIDのコントローラーが壊れたらどうするのか?差し替えできるコントローラーを載せたボードがこの先10年も20年も準備されているのか? かつ壊れたHDDを取り換えればいいというが、その時に互換性のあるHDDが入手できる保証はあるのか?」という疑問に応えてくれるくれるメーカーはない。まあ、多少聞きかじった半素人の私がこんなふうに思っているので、玄人は先刻承知だろうと思う。
  そこで、上記のように同じSATA-HDD二台をボードに直接接続を選択したのである。現在一般にアマチュアが入手できる最高の記録速度であるから、これに満足しなければ他に選択肢はない。保存用にオフィスに2台、自宅に2台に設置している。

<究極の保存メディアは紙>
 何年か前、米国の国立公文書館が、最も信頼できるメディアに紙を選び、重要な記録は紙に残すと発表した。コンピュータ用メディアの歴史は高々この数十年であるが、紙は3000年でも立派に残っている(もちろん酸性紙などは論外で、天然繊維などそれ相当の材質が必要であろう)。納得いく選択ではあるが、現在の情報・通信産業には皮肉な選択となった。ディスプレイ上の文章の解読度は紙のそれの80%程度という研究結果を聞いたことがあるが、その点でも紙がすぐれている。80%という数字の確度はともかくとして、きちんと文章や図面をチェックするときには必ず紙にプリントアウトするから、傾向は理解できる。   <2008.9.23記>




音と音楽

 まあこれは言い尽くされた話題ではあるが、自分の経験からの実感として述べてみよう。カメラを趣味とする人に二種類ある。写真を撮ることが好きな人とカメラ自体をいじくるのが好きな人。もちろん両方好きな人もいる。音楽を聞く人も同じ。アンプやスピーカーをいじってよりよい音を追究する人、装置にはあまりこだわらなくて"音楽"を聴きたい人。どちらが良いの、悪いの、どちらが高等だとかどうだとか言うつもりはない。所詮趣味と言っては実も蓋もないが、所詮....である。

 小学生のころ小さなトランジスタラジオで初めて聞いた「田園」や「新世界」、「未完成」の感動は、よいオーディオ装置で聞けばさらに感動を呼ぶに違いないとオーディオに懲りはじめる。軽いアームがよいとバルサ材を買ってきては自作する。重いターンテーブルがよいが自分では造れないので、せめて定盤は重くしようと墓石屋にいって平らで手頃な御影石を捜す。学生の身では使える予算に厳しい制限があるから、オーディオ雑誌の自慢話には指をくわえて見ているだけである。

 30才過ぎに家族でアメリカに1年間留学した。そこで憧れのAR-3aスピーカーを買った。当時日本で買うと多分サラリーマンの平均月収より高かったような記憶がある。AR-3aの発売元のアコースティック・リサーチ社(AR社)は小さな箱に大きなスピーカーを詰め込んでも良い音をだせるブックシェルフ・スピーカーの基本特許を持っている会社で、ここから棚にもおける小さなスピーカーの躍進が始まった。基本的には大きなスピーカーの方が低音が出るから、家まで改造して人間よりはるかに大きなホーンスピーカーを詰め込んだマニヤもいた時代である。

 一通りいろんなことをやったのち、40歳過ぎにふとしたことで自分の可聴範囲を調べたことがあった。その結果を知ったときの驚きと落胆はオーディオ趣味を根本から覆す結果であった。人はよく20から16000ヘルツの音が聞こえるという。そのときの私の高い方はたかだか5000ヘルツであったのである。LPレコードの方が高音を切っていないから、理論的には20000ヘルツ超で切り取るCDより音がよいとのかまびすしい議論があったが、それらのすべては飛んでいった。低音は歳とっても聞こえるが、トランジェントな音の立ち上がりを含めて高音なんてどうでもよいと自暴自棄.....は大げさかな。

 この私の落胆は、実をいうと2005年にTVで放映されたある番組でいやされた。それは様々な年齢層の10人弱の出演者の可聴範囲をチェックした番組で、性別などを問わず見事に加齢によって高音可聴領域が狭まっているのである。まあ、「他人の不幸を見て自分も同じと喜んでいる」ような後ろめたさを感じないではないが、事実は事実である。30才を過ぎるとすでに後退は始まっている。ただ、肉体は鍛錬するとそれに応じて鍛えられるので、日々音を聞くことを生業としている音楽家などは後退時期を遅らせるのではいかと思うがどうだろうか。

 1995年前後、1年半米国ダラス市で働いていた。海外単身赴任には手厚い給料が支払われていたので、ダラス市のオーディオショップを巡ってよいスピーカーを捜した。一番気に入ったTielを求めた。日本で買うと百万円に近い。米国で、しかも店頭展示品だったので1/3で済んだ。これは背高のっぽで細身の筐体のなか低音用に小さなスピーカーを二つ連動させるもので、大きくて重い筐体と相まって伸びやかで深い低音を再生する。その後、オーディオ雑誌で世界中のスピーカー100種以上評価している雑誌でNo.2にランクされていることを見て、「わが評価能力も捨てたものではない」と一人ほくそ笑んだことを思い出す。

 話が逸れるが、この手の趣味の製品は安くて良質な電気製品を大量に輩出している日本のメーカーでも米国にはかなわない。米国にスピーカーメーカーだけでいくつあるのであろうか。欧州、米国にブランド品が多いのとも関連している商業文化であろう。またいつか考察してみたい。

 スピーカーと組み合わせるアンプにはマッキントッシュ(McIntosh)を買った。これも車で言うとフェラーリだろうかロールスロイスであろうか、今の若者はマッキントッシュというとパソコンのマッキントッシュ(Macintosh)しか思い浮かばないであろうが、少なくとも30年前にはMacintoshは無かった。ある程度の水準を超えればアンプの性能の差はわからない。それ故このMcIntosh購入は「ブランド嗜好」そのものであることを告白する。透明なガラス前面に黒いパネルを透かしてみるデザインはギミックではあるが誰にも真似できないブランドである。

 いまは、音楽もほとんどはパソコンに繋いだAR社の外付けスピーカーで、キーボードを打ちながら聞いている。カラオケを覚えるのにもこれを使う。このAR社製は逸品で平均的なパソコン用外付けスピーカーものに比べると数倍の重さがある。さすがに超低音は出てこないが並みの据え置きステレオを凌駕するのではないかと思える音を出す。Tiel+McIntoshはたまにしか聞かない。TV映画の迫力を出すために音声をこちらに導いているのだが、マニヤには叱られそうな使い方だ。   <2006記>




和製英語 / Japanglish

 日本人が日ごろ英語と思って使っている言葉が、アメリカやイギリスでは通じないものがある。要するに日本人が作った英語である。そんな記事が何かに載っていたので書き留めておいた。私も海外出張の際、つい使ってしまう。それが英語と思っているから、通じないときは自分の発音が悪いのかと焦る。最近では、電源アダプターをホテルから借りようとして、"コンセント”を乱発してしまった。もともとconsentは”同意”とか”承諾”という意味だから、相手はどうにも理解できなかったに違いない。"Can I borrow a consent adapter?" --- なんのこっちゃ (^^;)☆\(-_-;)
  このような事柄はウェブを検索すればいくらでも出てくる。そこから引用したものの一部を下にリストアップした。文言自体は周知なので著作権侵害には当たらないだろうと考えている。"かなり異なるもの"は、どちらかといえば抽象的な言葉に多いようで、実体のある“物”での違いは少ないようである。
 パワーハラスメントなどはセクシャルハラスメントの類語として日本で独自に派生したものであろう。次々に造語されている。アカデミックハラスメント、モラルハラスメントまでは何とか認めるが、キャンパスハラスメント、スモークハラスメントなどなどいくらでも出てきてやりすぎだね。こうなれば、PTAハラスメント、モンスターピアレントハラスメント、ようするに嫌がられせの全てにハラスメントをつければ出来上がる。
 最近は野球で"ドロップボール"を使わないで、カーブで代表させている。昔日本では落ちる球をこう呼んだが、アメリカでは落ちることを特別視していないのである。このあたりも面白い。
 調べだしたらきりがなくなったのでこの辺りでやめましょう。   <2008.11.16記>

和製英語
母国語
和製英語
母国語

スキンシップ
ワンパターン
パワーハラスメント
アカデミックハラスメント
モラルハラスメント
スリーサイズ
ホッチキス
ゴーサイン
バイキング
ガードマン
オーダーメイド
ナイター
キーホルダー
デコレーションケーキ
コインランドリー
リフォーム
メールマガジン
ノートパソコン
パンティーストッキング
ゲームセンター
physical contact
manneristic
bully
???
???
measurements
stapler
green light
buffet
security guard
tailor-made / custom-made
night game
key ring / key chain
fancy cake
laundromat
renovation
email newspapaer
laptop computer
panty hose
video arcade / game arcade
マイペース
デッドボール
プラスアルファ
フリーサイズ
ドロップボール
リンス
タイムリミット
アットホーム
コンセント
ガソリンスタンド
ユニットバス
スパッツ
ベビーカー
ペーパーテスト
ラジカセ
テレビゲーム
フライドポテト
レモンスカッシュ
ジェットコースター
ベスト10
at one’s own pace
hit by a pitch
additional value
one size fits all
curve
conditioner
deadline
cozy / homely atmosphere
outlet
gas station
bath module
tights
baby carriage
written examination
boom box
video game
french fries
lemon soda
roller coaster
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